大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和45年(ワ)803号 判決

原告 下平光人

原告 下平満子

右両名訴訟代理人弁護士 小原一雄

被告 コピア株式会社

右代表者代表取締役 大矢行雄

右訴訟代理人弁護士 平田政蔵

主文

一  被告は原告下平光人に対し金四、七五六、一八九円、同下平満子に対し金四、三八〇、七七三円およびこれらに対する昭和四四年八月二八日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告下平光人に対し、金七、一三四、二八四円、原告下平満子に対し金六、五七一、一六〇円、およびこれらに対する昭和四四年八月二八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告下平光人および同下平満子は、有限会社共栄青写真を営んでいるものであり、訴外亡下平一夫は、右両名の長男(昭和三三年一二月三一日生)であった。

2  被告会社は、大小複写機の製造、販売、およびこれに伴う感光紙、現像液等の販売を業とする会社である。

3  原告らは、昭和四一年ころから被告会社と取引を開始し、同会社よりF・三六・ジュピター(以下、本件複写機という)一台を購入し、主として工業用図面の複写に使用してきたが、昭和四四年八月二四日ころ、本件複写機の現像タンク内のヒーター即ちニクロム線が切断したので、その交換と現像部のベルトの交換を、被告会社横浜営業所に依頼したところ、同営業所サービス係の訴外矢島三男が同月二六日来社し、本件複写機のニクロム線およびベルトの取換をなした。

4  右ニクロム線の交換の際取付けられた新しいニクロム線は、従前原告が被告会社平塚営業所から購入してあった新品である。しかるところ、訴外矢島の取換技術の未熟か、又は、取換方法に過失があったのか、或は被告会社の検査不行届によって右新品のニクロム線にキズがあったか、そのいずれかによって同月二八日右ニクロム線は加熱されて再び切断し、これを蔽っている八ツ孔碍管の穴からニクロム線がはみ出て、その外側の鉄製のヒーター収納パイプに漏電し、更に本件複写機からブリキ製のダクト(脱臭排気装置)を伝って原告らの居住家屋に張り廻らされているカラー鉄板を伝い、右家屋の裏側に施設された風呂場の水道の蛇口に漏電(九五ボルト)していた。

5  原告らの長男亡一夫は、同日午前中母原告満子の畑仕事を手伝い、その汚れと汗を流すべく右風呂場に赴いて風呂に入り、水を呑もうとして右蛇口に手を触れた瞬間、前記九五ボルトの電流に感電して即死した。

≪以下事実省略≫

理由

一  請求原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二  しかして右のように矢島が新たに取付けたニクロム線が同月二八日再び切断してその外側の鉄製のヒーター収納パイプに漏電し、更に本件複写機からブリキ製のダクトを伝って原告らの居住家屋に張り廻らされているカラー鉄板を伝い、右家屋の裏側にある風呂場の水道蛇口に漏電していたこと、同日昼過ぎ亡一夫が右蛇口に接触し、感電によって死亡したことも当事者間に争いがない。

三  右事故の詳細及び漏電の原因

≪証拠省略≫によれば次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

原告らの経営する訴外有限会社共栄青写真において使用していた本件複写機は一階の仕事場に設置されていたものであるが、本件事故は現像タンクにとりつけてあるヒーターの中のニクロム線が後述の理由で切断し、その切れ端が右ニクロム線を蔽っている絶縁耐熱材の八ツ孔碍管の穴から飛び出し、その外側の鉄製のヒーター収納パイプに接触して漏電し、この接触点を通じて電流は、本件複写機の電導体の部分を伝わって、亜鉛メッキ鋼板製のダクト(脱臭排気装置)に流れた。右ダクトは右家屋の北側外部に突出し、その外部において金属製の支え金により支えられていたのであるが、この支え金は家屋の外側を蔽っているカラートタンの外壁に直接取付けられており、しかもこのカラートタンは右家屋の西北隅において風呂場の水道管に接触していたため、ダクトに流れた電流は右支え金、カラートタン、水道管を伝って風呂場の水道の蛇口に達し、右蛇口と大地間には九四ボルトの電位差が生じていたところ、入浴中の亡一夫が右蛇口に接触して右電位差間にはいったために感電をしたものである。

そこで問題は右ニクロム線の切断原因如何であるが、本件のような場合にニクロム線が切断するのは、そのニクロム線自体に当初からキズがあったか、或いはニクロム線を鉄製収納パイプに収納する際、パイプの鉄錆もしくはその他の金属片がニクロム線に付着したか、いずれかの場合しか生じ得ないのである。本件において矢島がベルト即ちゴムシートを交換するため現像タンクを取りはずした際、右収納パイプの両端部分に相当の赤錆が付着し、パイプ内部にある八ツ孔碍管は変色したりニクロム線の溶解したものが付着しているのが認められた。本件複写機は原告らにおいて昭和四一年四月ころから引続き業務用に使用しているのであるから、右収納パイプに矢島が認識した程度の錆を生ずることは当然であり、本件事故以前に数回ニクロム線が切断し、その都度出し入れ交換がなされているのであって、それらの際に収納パイプ内に相当の鉄錆等が入りこんだことも考えられなくない。現に事故の四日前に従前のニクロム線が切断しているのである。

従って矢島は本件ニクロム線交換にあたって右パイプ内部を紙等で丁寧に清掃すべき注意義務があったというべきである。しかるに矢島は右交換にあたり、新しいニクロム線にキズがないかどうか格別検査することもなく、八ツ孔碍管についてはその中のひどく汚れているものや、前に切れたニクロム線の溶解したものが付着している碍子は取除き、被告会社から持参した新しい碍子と交換し、その他のものは感光紙で拭いたが、収納パイプについてはその両端の赤錆び部分を感光紙で拭き取り、現像タンクを立てて床に五、六回打ちつけて掃除を済ませた程度であり、従って新らしいニクロム線にはキズがあったかも知れず、また収納パイプの鉄錆が右のようなタンクを床に打ち叩いた程度では清掃されずにパイプ内に残ったか、いずれとも確定し難いけれども、そのいずれか或いは双方が競合して本件切断を生ぜしめたものとしか考え様がないのである。もっともニクロム線のキズは一見して容易に発見することは極めて困難であり、そのキズを発見し得なかったことは矢島の過失とはいい得ないが、本件ニクロム線は原告らもしくは有限会社共栄青写真が以前に被告会社から購入したものであるから、そのキズは被告会社において責任を負うべきものであり、矢島の前記収納パイプの清掃不十分は明らかに同人の過失であり、従ってその使用者である被告において責を負うべき事由である。

従って被告会社は本件事故によって生じた原告らの損害について責任を免れないとするのが相当である。

四  損害

1  亡一夫の逸失利益

≪証拠省略≫によれば、亡一夫は本件事故当時満一〇歳八ヶ月の男子で、発育は順調であったことが認められる。

ところで厚生省発表の昭和四四年簡易生命表によると日本人男子の平均余命が六九・一八歳であることは、被告らの明らかに争わないところであるから、亡一夫は本件事故がなければなお五八年間生存し、満一八歳から満六〇歳までの四二年間一般労働に従事して収入を得ることができたはずである。

そして労働大臣官房労働統計調査部編「労働統計年報昭和四四年」の全労働者男子平均現金給与表によれば、昭和四四年度の男子労働者の毎月の平均給与額および年間ボーナスは別紙計算書(一)のとおりであることは被告の認めるところであるから、亡一夫がもし就労しえたならば、その就労期間中右と同程度の収入を得られたはずであったことが認められる。

ただし、全就労期間中を通じて年間総収入額の五割は生活費として、右収入額から控除し、その残りを年間純益とするのが相当である。

そこで、亡一夫が満一八歳に達するまでは収入がなく、一八歳から満六〇歳に達するまでの四二年間、毎年末に右純益があるものとして年ごとの複式ホフマン式計算法により、年五分の割合による中間利息を控除して計算すると、別紙計算書(二)(この括弧内の係数については被告の争わないところである。)のとおり合計金八、一四二、三二〇円となる。従って、亡一夫の両親たる原告ら両名は、右逸失利益の各二分の一、即ち、金四、〇七一、一六〇円づつを平等に相続したといわなければならない。

2  慰藉料

本件事故前後の状況、その他諸般の事情を考慮すると、長男亡一夫の両親たる原告ら両名の精神的苦痛に対する慰藉料として、各金二五〇万円づつをもって相当と認める。

3  葬式その他の費用

≪証拠省略≫によれば、葬式代その他亡一夫の死亡により原告光人が支出を余儀なくされた費用は、合計金五七二、一二四円であることが認められるところ、これは亡一夫の死亡と相当因果関係にある損害というべきものである。

4  従って、被告は原告両名に対して、原告下平光人については右1、2及び3の五七二、一二四円のうち同原告の請求にかかわる五六三、一二四円の合計金七、一三四、二八四円、同下平満子については金六、五七一、一六〇円を支払うべきこととなる。

五  過失相殺

被告は、原告側に重大な過失があったとして過失相殺を主張するので、この点につき判断を加えることとする。本件事故において原告らの居住家屋に張り廻らされたカラートタンの外壁及びダクトの支え金が漏電の媒介物として重大な役割を有したことは前述のところから明らかであるが、≪証拠省略≫によれば、右カラートタン及びダクトの支え金は原告らが業者に依頼して施設したものであることが認められる。

なおアースについては、右各証拠に徴し、さしたる瑕疵は見当らず、これに関する被告の主張は認め難い。

しかるところ、原告らとしては、電気機械を扱うのを業務とする以上、漏電のありうることはたやすく予見しうべきものと認められるから、本件の如く、金属性のダクト及びその支え金がカラートタンに直接に接触することのないように仕事場の構造上注意すべき義務があったものというべく、従って右の限度で原告側にも過失があったと認めざるを得ず、この原告側の過失と被告側の過失との比率は一対二とするのが相当と認める。

六  結論

よって、以上のとおりであるから、被告は原告下平光人に対し前記金七、一三四、二八四円の三分の二である金四、七五六、一八九円(円以下切捨て)、同下平満子に対し前記金六、五七一、一六〇円の三分の二である金四、三八〇、七七三円(円以下切捨て)およびこれらに対する昭和四四年八月二八日から支払ずみまで、年五分の割合による遅延損害金の各支払義務があるものというべく、原告らの本訴請求は右の限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 新田圭一)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例